人は、楽しい事をしているとき、時間が一瞬で過ぎさっていきます。

ゲームが大好きな子供にゲーム機を与えると、子供はいつまでもゲームで遊んでしまいます。

楽しい出来事は時間さえも忘れさせてくれるのです。

それでは同じようにピアノの場合はどうでしょうか?

ピアノを弾くのが楽しくてピアノ弾き続け、やがて疲れて休憩をするでしょうが、また弾き始めるでしょう。

しかし実際はそうではないこともあります。

もしかしたら皆さんも子供の頃などに経験があるかもしれませんが、ある程度ピアノを弾くと練習にあきてしまい、他のことを始めてしまうのです。

それではどうしてピアノを練習するのに飽きてしまうのでしょうか?

ゲーム機を例に考えてみましょう。

興味のわくゲームを始めて、ゲームを始めたばかりの頃は、ワクワクした気持ちが強くどんどん簡単で先へ進むので、子供は興味を持ち続けゲームをし続けます。

しかし少しずつ先に進むのが難しくなり、先に進むことに何度トライしてもうまくいかなくなった時、子供はあきてしまい、ゲームを止めるか、他のゲームを始めてしまうのです。

そこで問題になるのは、「難しいと感じること」です。

ある1つのことができるようになれば簡単に先に進める場合でも、「難しい」と考えてしまった時点で、先程の悩みのスパイラル(負のスパイラル)の入り口に立ってしまい、後は一気にそのスパイラルをかけ降りてしまうことになるのです。

それでは、そもそもゲームを始めたばかりの頃の目的は何だったのでしょうか?

ゲームを楽しむことではなかったのでしょうか?

そうです、ある時から先に進むことが目的になってしまったからです。

ゲームをする以上、先へ進むのは必要不可欠なことですが、先へ進むことにばかり気をとられてしまうと、時間が経つにつれ、そこに楽しい気持ちはいくらかも残っていない状態へ向かってしまうのです。

ピアノにも同じことが言えます。

ピアノを楽しむには、まず譜読みをし、難しいパッセージを練習し、全体を自分の思い通りに歌えるよう工夫し、暗譜をして曲を仕上げ、そこで1段落とし、次の曲を勉強することになります。

しかし、曲を仕上げる事が目的になってしまうと、そうはいきません。

まだまだ不十分な譜読みの状態で、曲が仕上がったように表現しようとしてみたり、なんとなく音は覚えている気がして、楽譜を見ずに弾いてみたりするのですが、実際は強弱などのアーティキュレーションの暗譜ができていないため、楽譜に書かれている内容とはかけ離れた演奏をしてしまいます。

その結果、間違った音符を訂正することなく間違ったまま覚えてしまったり、ppと書かれている部分をfで弾いてしまったりして、それをそのまま暗譜してしまうのです。

その後、先生のところでピアノ教わる時、間違った音符を指摘され直そうとするのですが、一度覚えてしまったものはなかなか元には戻りません。

一度間違って覚えてしまうと、それを正しい状態に戻すのには何倍もの時間と労力が必要になるのです。人は一度習慣を身に付けると、それを変えるのにとても苦労することになるなるのです。

もしかしたら、心当たりのある方がいらっしゃるかもしれません。

でも大丈夫です。

一気にゴールに向かって曲を仕上げることを目標にしなければ良いのです。

ピアノを楽しむと言う事は、もちろん完全に仕上がった曲を、自分のために楽しんで弾くこともそうなのですが、一つ一つの過程を目標にして、それを仕上げていく事を楽しむこともまたピアノの楽しみなのです。

譜読みをして、ゆっくり曲を最後まで弾けること、難しいパッセージを片手ずつ練習してだんだん弾ける状態にすること、すべての音符やアーティキュレーションを正しく暗譜すること、などを1つずつ階段を上るように目標にすることで一つ一つの作業が楽しいものになり、自分自身すら驚くような素晴らしい演奏ができるようになるのです。

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