人が心地よくすごしている状態を「リラックスした状態」といいますが、それを乱す要因がひとつでもあると、その「リラックスした状態」をだんだんむしばんでいきます。
ひとつであれば、まだいいのですが、乱す要因が二つ三つと増えていくにつれ、人はだんだんと「ストレス状態」におちいっていきます。
それでは、このような状態の時にその状態を2つの視点で眺めてみることにしましょう。
一つ目の視点はまず、リラックスした状態に注目しつづけ、そこからストレスを生む要素をながめるという視点です。
あなたが、コンサートホールでリラックスしてピアノを弾いている時、お客さんのだれかが、ビニール袋からプログラムを出そうとしてクシャクシャと言う大きな音を出しています。
あなたは、自分のピアノの音に集中していますが、その音が一瞬耳に入ってきます。
しかし、リラックスし続けることに集中してるあなたはそのビニールの音に惑わされることなく、また自分のピアノの音に耳を傾けようとします。
二つ目の視点は、ストレスを感じる状態に注目しつづけることです。
コンサートホールでの演奏中に、ビニールの音に不快感を感じたあなたは、それが気になってしょうがありません。
それでも我慢して演奏をつづけようとしますが、ビニールの音が消えたかどうかが気になります。
そうしていつのまにか今度はだれかが床にプログラムを落とした音が気になりはじめます。
そうなると、もはやその視点のあなたは、ピアノ音ではなく次に鳴るかもしれない客席の雑音に集中してしまっているため、雑音さがしに夢中になり演奏に集中できなくなるのです。
ふりかえってみましょう。
あなたはこの二つの視点の、どちらに傾くことが多いでしょうか?
もちろん、一つ目の視点の方が演奏を成功させると言う意味においてはゴールに近いのですが、ピアノを弾く人のなかには、「自分は二つ目の視点に近い」と感じる人も意外に多いのではないでしょうか?
人はふだんの生活や習慣のくせによって、自分の人生の中でどちらかの視点を選びやすくなっているのです。
よって二つ目の視点で出来事をながめる習慣のある人はたくさんの「うまくいかない」悩みのスパイラルに陥ることとなってしまうのです。
しかし、悩みのスパイラルが「負のスパイラル」であるとするならば、「正のスパイラル」もまたあるのです。
一つ一つの要素がかみあって好循環がつづく状態、すなわち、楽しみながら自分の望みどおりの演奏をし続けることができる状態もまたあるのです。

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