ピアノ技術者の中には、特定のブランドのピアノしか調律しない特化した技術者もいます。
ピアノメーカー勤務のトップチューナーなどはその典型です。
もしかしたら、フリーでYAMAHAしか調律しません、という方もおられるかもしれませんが、まだお目にかかったことはありません。
ピアノの側でうっとりさせてくれる音色や弾き心地を持つものを、私はよく側鳴りが良いピアノと呼んだりします。
よく選定に行くと、音大受験のピアノを選ぶために来たご本人や親御さん、そのほかの方も、側鳴りの良い豊かな余韻をもつピアノを好む傾向があります。
なぜなら、最初に弾いた時の第1印象がとてもよいからです。
ある意味気持ちはとてもよくわかります。
というのも、それもピアノ選びの1つの方法だからなのです。
しかし、ピアニストがコンサートホールに行くと、メーカー曰く98%の確率で(日本では70パーセントくらいでしょうか?、わかりません)、スタインウェイが置いてあるのです。
スタインウエイは、間違いなく遠くに音を運ぶ(跳ばす)ピアノです。
まるで大きく跳躍するように音を跳ばしてくれます。
そして、聴衆の耳のそばで、美しい音楽を作ってくれるのです。
そして耳の肥えた聴衆は、スタインウェイの豊かな響きを時にベンチマークとして記憶しているのです。
だからこそ、ピアニストの中には、仕事で使うから、多少妥協しながらも、自宅に同じスタインウエイを選ぶという考えの方もいらっしゃるかもしれません。
それはそれで正しい考えだと思います。
でも私はそうでありません。スタインウエイの音が好きなのです。
ちょうど音大生の頃、自分のつたない演奏力に嘆きながらも、毎日ブレンデルのLD(レーザーディスク)をみて、どうやったらあんな、強靭なのに緻密で、やわらかく整った構築感のある響きが出せるのだろうか?
と、何百回も繰り返し再生しながら、頭で覚え、耳で覚え、練習・研究を繰り返しました。しかし、どんなに研究しても、ハーモニーや、メロディー、ポリフォニックに折り重なるいろんな響きの連続を、彼のような美しいバランスで、奏でることができなかったのです。
大学卒業間近の頃、ハンブルク製の古いD型を半日ほど弾かせてもらえる機会があり、ピアノの実力拝見とばかりに、いろんな曲の練習をさせてもらいました。そして、ちょうど暗譜していたリストのオーベルマンの谷を弾きました。
その時、愕然としました。
あの時のブレンデルが奏でていた響きに近い響きが苦もなく出るではありませんか?
その瞬間に、うれしさのあまり、涙が込み上げてきてしまいました。
「私が出したかった音」はスタインウエイの音だったのです。
もちろん、ブレンデルが使用していたピアノはスタインウエイでしたが、その頃の私はピアノの銘柄にほとんどこだわりがなかったのです。
なぜなら、自分の演奏そのものや、脱力に不満だらけで、ピアノのブランドごとの特徴や、曲に合わせたピアノの選び方などに全く興味を向ける余裕がなかったからです。
今回のショパンコンクールで選ばれている2台のD型、479と300ですが、479はスタインウェイらしい王道ですが、若干鳴りすぎて雑音でも出ていたのでしょうか?
予備予選では途中から次高音部にデュープレックスを殺すようにフェルトが噛ませてあるようにも見えました。(きちんと確認はしていませんが。)予備予選が一番面白いですね。しかし、見てるうちに予備予選で飽きてしまい、予選・本選は少ししか見ていませんがよく鳴っていました。
録音はマイクを通すため、実際は録音技術者が響きを美しく調整する幅があり、彼らの美観が加味されますから、実際のところはわかりません。
逆に300はSteinwayが今後の音作りの方向性に探りをいれるバーターのようでもあり、それが、ホールの響きと相乗効果を発揮したかはわかりませんが、側鳴りの良いピアノだったのかもしれません。(触らなきゃわかりません。勝手な妄想です。)
スタインウェイも年代・個体によって特徴、弾き心地が違いますが、それはまたの機会に触れます。
この年齢になってからは、音の減衰の速いベヒシュタインの音で弾くリストも好きなのですが、当時の私は、刷り込みもあり(笑)、リストなどを弾くには、スタインウェイしかないと思ったのです。
今も、その思いはありますが、昔と違うのは、どの会社のピアノでも、その会社のピアノの持つ独特の美しさと対話しながら、表現する喜びを味わえるようになったことです。
少しは成長したのかもしれません。
しかし、スタインウェイは、なにも考えずとも、完璧な響きで音楽を作ってくれ、ここぞという時、ホールで最高の相棒になってくれるのです。
まだ書きたいことは山のようにあるのですが、続きはまたいつか。
ご要望あれば、いずれ他の会社のピアノにも触れたいと思います。
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